Tuesday 4 Sep, 2007

Mind 心の哲学/John R. Searle (原著)

心の哲学.jpgDaddy改革は続く!
・・・にしてもこの本は難解だった。Daddyには重た過ぎだ。
本気で「心の哲学」を学ぼう!という人が読むのならお勧めできる。
デカルト、二元論、唯物論、行動主義、心理学的決定論、神経生物学的決定論、感覚与件論、人格の同一性、等々・・・こういった言葉たちに振り回されない自信のある人じゃないとダメだ。もちろんそれなりに解説も入っているので、しっかり読めばある程度は理解できる。
前半は「心の哲学の歴史をおさらい」となっているので、かなり退屈するだろう。本書では過去に論じられたことを踏まえて、それを否定し発展させることで、次への新しい方向性を導き出している。

そもそもDaddyが哲学関連の本を読み出した理由だが、
「今の自分の存在とは何なのか・・」から始まる。
私自身が知っているつもりのDaddyと、Aさんから見たDaddy、Bさんが思っているDaddy、どれが本物のDaddyなのか、ということだ。私の知っているDaddyというのは、単に自身の過去を知っているだけに過ぎないのではないか?
それでは、なぜAさんBさんはDaddyをこんな人、あんな人、と認識するのか、できるのか?
見かけか、話した内容か?
だとすれば、顔が変わってしまえばDaddyを認識できないのか?
見たことだけある、という人ならばそうだろうが、それでもDaddyを認識できる人はいるだろう。風貌は変わっているが間違いなくDaddyだ!と。ならばDaddyが記憶喪失になり、かつ顔が変わっていて、話し方も変わってしまったら・・・?
恐らく何らかの鑑定でもしなければ誰にも分からなくなるのだろうが、それでもDaddyは存在していると言えるのだろうか?その肉体にDaddyとしての存在価値があるのだろうか・・・心とか精神ってのはどこにある?
つまりDaddyが今の自分でいられる(存在する)保証はどこにも無いってこと?

本書では様々な観点から哲学として「心(自己・意識)」を思考しているのだが、それでもなお、自分(精神)の存在が何なのか不明なのだ。最後には無意識とは・・・まで問い詰めて終わる。
だが「自分」ってのを大抵の人が持っていると思っているし、感じているだろう。どうにも説明(検証)できないが、「ある(否定できない)」ようなのだ。

・・・
とまあ、Daddyの私見も入れてまとめようと思ったら、収集が付かなくなってしまったが・・・。
誰かに答えを聞くつもりはないが、やっぱり記憶ってのは一つの「キー」になりそうである。
「無意識」の話となると、行き着く先は「潜在意識」か、それとも「禅」の世界だろうか・・・だがこれを今、突き詰めようとは思わない。

もう自己ってのを探り続けても、自分の亡霊を見つめているように思えてきた・・・
視点を変えた方がよさそうである。

今度は逆に世界を広げて見ようか。
自己を他者との関係において認識している部分が大きいことを考えれば、「コミュニケーション」「他者とのつながり」といったキーワードも浮かんでくる。むしろこっちのほうに力点を置いたほうが現実的で、今後のDaddyにとって糧となるような気がする。
=== ☆   posted by Daddyクワトロ   ☆ =   at 22:30   ==
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