Tuesday 25 May, 2010

社会学に出来ること/西研、菅野仁

Book.jpg社会哲学者の西研さんと、社会学者で社会学思想史を専門とする菅野仁さんの対談本である。菅野仁さんは私のお気に入りの著者で、当ブログでも2度かな?読後所感を掲載している。

それにしても取っ付きにくかったあせあせ(飛び散る汗)
菅野さんの本じゃなければ、途中でフェードアウトしたであろう・・・

ヴェーバー、ヘンゲル、ルソー、マルクス、それにジンメル、詳しくは知らないが、聞いたことある名前が出てくるので多少の興味は持った。しかし、頭の中はすっちゃかめっちゃかだフリーダイヤル

別に所感を書かなくても良いのだが、せっかく頭を三角にして読み終えたんだから、共感した箇所、視野が広がったように感じた箇所を書き残しておこうか。
(著者に見られたら「そこかよー!!」って突っ込まれそうだが・・・)

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P32
「格差社会」や「構造的不況」といった社会のネガティブな側面が浮き彫りになりつつある時代からこそ、社会批判のまなざしをきちんと打ち立てるために、社会についてあえて「肯定的に語ること」の意味と作法が求められている気がするのです。

20100525-Kanno.jpgP40
単に知的優位性の担保という形ではない社会学に対する眼差しが必要ではないかと思う。

P79
制度は制度としてのみ自立的に存在できるものではなく、その制度を成り立たせている非制度的な具体的な相互作用(行為)による制度の<再認>が必要だという発想。こうした眼差しがまさにジンメル的発想ではないかと私は考えているのです。

P128
個々人が望んだわけでもないのに社会がどんどんある方向に向かっていったり、戦争が起こったり。そういう次元でいうと、個々人の意図を超えたものとして社会全体が動いている、という感覚は経験的にもありますね。

P137
わかっていながらあえて事情を考慮しないという選択肢をも準備しなければならない。

P155
「感覚を確かめ合う」以前に否定的態度を取る−これではルール感覚を育てることはできません。「気の合わない人とでも併存する知恵」としてもルールは大切になるのですが、最初から「無理」ではルールをお互いに設定したり、確認し合うことすら出来ない状況になってしまいます。
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前後のセンテンスを省いているので、上記だけは何のことやら・・・
であろうが、Daddyには思い出せる。

読み終えて、全体の感想、思い浮かんだことは、
・社会にどう参画するのか。
・自分の影響範囲外で起こりえた事象に、どう向かい合うのか。

そんなところかな眼鏡
=== ☆   posted by Daddyクワトロ   ☆ =   at 23:48   ==
この記事へのコメント
P40 P137 P155 の部分、なるほどと感じます。

全体の感想を拝見しまして、そうかそうかと、
まるで読んだような気になりました。

面白そうですが、難しい本。
難しそうですが、面白そうな本。
・・・ですね。
Posted by chamo at 2010年05月26日 22:26
chamo様
私には難しい本でした。
たまにはこんな本も読むのですが・・・菅野さん、他の著書ではもっと砕けた感じなんです。でもクドイ文体はそう変わりませんが(笑)
学者さんですからね、なかなか言葉選びも大変だと思います。
コメントありがとうございました。
Posted by Daddyクワトロ at 2010年05月26日 23:46
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